幻の携帯の着信バイブ。
英語では「ファントム・バイブレーション」と呼ぶらしい。
SEの職業病かと思っていたが、それほど無いことでも無いらしい。
ポワロが中学生の頃から大好きである。
小説もNHKで放送していたデイビット・スーシェ主演のドラマも大好きだった。
特にポワロ最後の事件「カーテン」を読み終えた時は何とも言えない感動と哀しさを感じた。
作中、年老いたポワロは車椅子で登場し、自慢の推理も衰え、犯人を捕まえることなく死んでしまう。
そして「カーテン」が出版された年に作者のアガサ・クリスティも死去している。人生の幕引き(まさにカーテン)を意識させられる作品だった。
だがミステリの女王たるアガサは最晩年でも狡猾である。読者が抱く老いたポワロに対する同情心すらも最期のトリックに利用してくる。
史上最高のミステリ作家と彼女の生み出した愛すべき探偵の最期にふさわしい作品である。
由良拓也氏は有名なカーデザイナーである。
どのような車をデザインしたかはよく知らなかったが、当時(1984年)ネスカフェ・ゴールドブレンドのCMに出ていたのでカーデザイナーであることは知っていた。
小学生だった僕はタミヤからその由良さんがデザインしたラジコンが発売されるとコロコロコミックで知った。
名前は「ビッグ・ウィッグ」。デザインを見て、一目ぼれ。おそろしく斬新で、他のラジコンのデザインとは完全に一線を画していた。
そのデザインを見て子供心に由良拓也は「本物」だと確信。私はヒネていたので、CMに出てくるようないわゆるデザイナーが「本物」であるハズはないと子供心に思っていた。にも関わらずその子供と同じフィールドでデザインの力で「本物」だと確信させたのだから大したもの。
そしてそのビッグ・ウィッグが後にミニ四駆となって発売された。
ボディとシャーシを留める部品は、ビッグ・ウィッグの特徴的なリアのマフラー(もちろんラジコンは電動なのでダミー)を模したデザイン。
丁度そのマフラーの形状が指をひっかけやすいということもあってビッグ・ウィッグ以外の車種の留め具にも採用される。
やがてミニ四駆は爆発的に流行し、四百種、二億台近く販売された。今に至るも留め具のデザインはビッグ・ウィッグのまま。つまり全てのミニ四駆はリアにビッグ・ウィッグのマフラーを生やしている。
今になって由良さんのデザインした車や製品を調べたら驚きました。
時計、ポメラ、文具、自転車・・・どれもが斬新で遊び心に満ちている。
やっぱり彼は私が子供の時に確信した通りの天才デザイナーだったのだ。
小児麻痺(ポリオ)は五歳以下の子供がかかりやすい病気で、手や足に麻痺が現れ、一生麻痺が残ることがある病気でした。
昭和三十年代の日本では年間で五千人以上の患者が発生したことがありました。
縄文自体の遺跡から小児麻痺を患ったと思われる人骨が発見されたことがあります。
おそらく親が大切に介護して育てたのだろうと考えられました。子を想う親の気持ちは太古から変わらないのです。
そして大昔から子供たちは小児麻痺に苦しめられてきたことがわかります。
しかし今では小児麻痺はほとんど根絶されました。
突然何が起きたのでしょうか?どんな奇跡があったのでしょうか?
じつは今から六十年以上前のアメリカで世界中の子供たちをポリオから救った偉人がいたのです。
彼の名はジョナス・ソーク。
ソーク博士はポリオ・ワクチンを開発しました。博士の開発したワクチンは大変な効き目でした。おかげで小児麻痺の患者は激減。
ついには世界中でもわずか数か国を除いてほとんどの地域で小児麻痺は根絶されたのです。
博士はポリオ・ワクチン開発に際して特許を取りませんでした。もしポリオ・ワクチンの特許を取っていたら博士は莫大な利益を得ていたはずですがそうしませんでした。
後にテレビのインタビューで「何故ワクチンの特許を取らなかったのですか?」と聞かれた博士はこう答えました。
「太陽に特許は存在しないでしょう」
自分の発見は個人の利益のためでなく、太陽のように人類全ての恩恵となるべきであると言いたかったのです。
博士は早くワクチンを子供たちの元に届けることしか考えていませんでした。
ソーク博士の気高い行為を思うと、胸打たれます。そしてこう思い知らされます。
人を救うのは神様などではなく人なのだと。
ありがとう。ソーク博士。