初めての職場

出社するとおっさんに仕事場に案内された。面接を行った場所の奥の扉を入った部屋だ。
中はパソコン・通信機器でごちゃごちゃしていた。
小さな窓があるだけで、部屋の中は暗かった。
後で分かったがコンピュータを多数設置しているので冷房が入っていて涼しかった。

例のスーツの好青年は不在で、3人の輩がいた。
坊ちゃん顔・顔色の悪い長身・カッパのような髪型の中背。
「カッパ」がボスだ。
口調から「坊ちゃん」よりも「長身」の方が先輩らしい。
灰色の部屋

僕の席は「長身」の隣になった。(といってもアルバイト用の共有席であり僕専用の席ではない。)
「長身」から初仕事を与えられた。
通信機器の状態を見て回る仕事。
肝心の通信機器は何かは分からなかったが言われた手順で始めて、20~30台の機器の画面を眺め始めた。
画面は文字ばかりだったが「hostname」が今眺めている通信機器の名前であることは分かった。

それぞれの通信機器の名前が主要都市名だったので、全国各地に設置してあることが分かった。(Tokyoと名付けた機器を大阪に設置している可能性もあったが・・・。地名をホスト名の一部にする例は割と多い。東京はtky。大阪はosk。名古屋はngy。メールのヘッダ等を眺めると地名を付けたサーバを目にすることが時々ある)
どうやら遠隔地の通信機器に接続しているらしい。
「長身」に今見回っている機械は何かと聞いた。
「アクセスサーバだよ。インターネットはしたことある?」
「無いです。」
「よく入社できたね。まぁいいや。アクセスサーバはアクセスポイント(略称 AP)に置いてあってインターネットをする時にお客さんが電話回線で接続する機械だよ。」
さらに説明を聞くと、どうも電話回線が大量に接続されているモデムの親玉のような機械のことらしい。
「実物はこれだよ。」彼が床に転がっている黒いビデオデッキのようなモノを指した。
黒いビデオデッキの裏を見せてくれた。
「ここに電話線を差すんだ。こっちはLANケーブルを差す。こっちの電話線からお客さんがモデムで接続してきて、こっちのLANケーブルからインターネットに抜けていくんだよ。」
「インターネットというと?」
「うちはJT(業界では日本テレコム(現在のソフトバンクテレコム)をJTと呼ぶ。当然初めて聞くと日本たばこのことだと思う)の下流だからJTに接続することがイコールインターネットへの接続だよ。」
「JT?日本たばこのことですか?」
「ははは。テレコム。日本テレコムのことだよ。」
日本テレコム?よく知らないがNTTとは別の電話会社であるらしいことはCMで知っていた。どうやったらNTTでない電話会社を使って電話するのかは知らない。
どうやらNTTの電話回線から黒ビデオデッキを経由して他の電話会社へ接続させてあげるのがプロバイダというものらしい。
「この機械はどうやって設定するんですか?ボタンなんかが見あたりませんが?」僕は色々疑問があったがまずは目の前の黒いビデオデッキが気になった。この機械には電話線やLANケーブルを接続する穴以外にLEDが2・3あるだけで他には何も無い
「ああ、これはシリアルケーブルをパソコンにつなげて設定するんだよ。君がさっき見てた画面で設定するんだよ。さっきはTELNETでこの機械に接続していたんだ。」
「Oh!X」で「TELNET」とは遠隔地のコンピュータに接続するプロトコル(プロトコルとは通信手順のこと。)であると読んで知っていた。
「とすると、この機械はコンピュータですか?」
「君の言うコンピュータの定義が何か知らんけど。CPU・メモリが搭載されているよ。HDD(ハードディスクのこと。)はないけど。」

黒いビデオデッキは「アクセスサーバ」という一般名詞であると後で知った。もっと言えばアクセスサーバは特殊な機械ではなく、電話線を接続してアクセスサーバ用のソフトを動かせば普通のパソコンでも「アクセスサーバ」となる。企業等ではWindowsパソコンでアクセスサーバを構築している。後で出てくるルータもアクセスサーバも先人はパソコンで構築していた。インターネットの発展とともに余計な機能はそぎ落とし(大量のデータが必要なハードディスクはまず不要となる。第一ハードディスクは物理的に回転するディスクに情報を読み書きするので故障が多いので搭載したくない部品No1。)、必要な機能を拡充して専用機として作って売る企業が出てきた。専用機なんだから余計な機能は無い。設定の為にはシリアル接続(シリアルケーブルで接続する。シリアルケーブルはディスプレイとパソコンを接続する際に使用するケーブルに似ている。)する。その後の管理はTELNETでネットワーク経由で行うことになる。つまりディスプレイやキーボードは直接接続できない。

事前に「長身」から教えられた画面状態の機器があったので声を掛けた。
その表示があったら教えろと言われていたのだ。
「この表示ですかね?」
「あぁ。それ。この部分の*の表示が変わらないでしょ。リブートするわ。一端抜けて。」
何やらコマンドを打ち込んだ。
「通信カードが固まっている場合があるんだ。」
「その場合はリブートですか?」
「そう。リブート。今したよ。」

見回りを終えると、これといって仕事はない。
「カッパ」も好青年が気まぐれで入社させたような僕の扱いに困っているようでもあった。

「坊ちゃん」が通信機器の見回りに使った「TeraTerm」というソフトのマクロを教えてくれた。
「こうすると自動で見回りができるよ。」
この場合の「マクロ」というのは、「TeraTerm」に自動実行させるための台本のようなものだ。
IP一覧を読み込んで自動で通信機器に接続して「マクロ」だった。
「坊ちゃん」はプログラミングが大好きらしい。一日中Perl(スクリプト言語。インターネットと相性が良い。CGI等に使用される。なぜか当時「カッパ」はPerlを馬鹿にしている節があった。)でなにやらプログラムをしている。

僕の一日目はなんだか分からないまま終わった。